脳波ポリリズム
鳥居みゆき、お笑い、音楽、文学、社会など、興味と欲望のおもむくままに森羅万象あらゆるものを取り上げ、ディープに迫るブログです。
Trio of Doomの真実、および山口県光市母子殺害事件
2b4cfdeb.jpg 昨日、やっと待望のTrio of DoomのCDを入手したのでさっそく聴きました。
 まずTony Williamsのソロ。そこから続けて超高速の "Dark Prince" に入ったところで「あれ?」と思いました。明らかに『Havana Jam』に入っているものと違うのです。不審に思いながら聴いていくと、ユニゾンのテーマからJohn McLaughlinがひとりでもう一度テーマを繰り返すとき、最初のほんの1,2音出したところで突然ギターのキーが変わったのです。いや、変わったというか、迷ってキーがふらついたという感じ。僕はメロディ楽器ができず譜面も弱いので具体的にキーが何なのかはわかりませんでしたが、変わったことぐらいは聴けばわかります。Jaco Pastoriusのベースのラインもどこか変です。そして演奏が進むにつれてバンドの音はますますおかしくなっていき、しまいには完全にばらばらに崩壊してしまってほとんど「終われない状態」寸前に。最後はJohn McLaughlinがほとんどヤケクソで無理矢理テーマに突入し、なんとか終わらせたという感じでした。その後に続く曲もいずれも壊滅的に息が合っておらず、散発的な個人技でなんとかしのいで繋いでいる状態。これ、この3人だからぎりぎりのところで何とか持っているけれど、並のミュージシャンなら完全に演奏が止まっていたかも知れません。結局、グダグダのままライヴ・テイクが終わってしまいました。
 頭の中に無数のクエスチョン・マークを浮かべたまま、続けて収録されている "Dark Prince" スタジオ・テイクを聴くと、明らかにこれが『Havana Jam』に収録されている演奏。その他の曲も、音を聴くかぎりこちらの方が『Havana Jam』に入っている音です。
 最後までひととおり聴いてからライナー・ノートを読み、謎が解けました。実は『Havana Jam』に収録された演奏は、スタジオ録音したものに拍手や声援の音をオーバーダブして、ライブ録音であるかのようにミックスしたものだったのです。
 なぜそのようなことになったのかと言うと、要するに実際のライブでの演奏があまりにもひどかったので、あとでスタジオでやりなおしたのだということです。なんだか深く納得。
 さらにいろいろ調べてみると、John McLaughlin本人がその時の様子を詳しく語っている2004年のインタビューを見つけました。以下はその部分の要訳です。

リハーサルの時は最高だった。それでキューバに入り、ステージに立った。1曲目は私の作曲した "Dark Prince" だった。これは基本的にCマイナーのブルースで、途中で何度かキーが変わるという曲だ。ところがステージが始まった途端、Jacoが全部ぶっ壊してしまったんだ。あいつはいきなりAメジャーで、しかも信じられないほどの大音量で弾き始めたんだよ。それでTonyと私は「一体どうなってるんだ?」と顔を見合わせてしまった。Jacoは構わず、Jimi Hendrixみたいに派手なアクションで弾き倒していた。ステージは最後までそんな具合だったよ。演奏がすべて終わったとき、私もTonyも激怒していた。Tonyなどステージから降りるや否やトイレに駆け込んで吐いてしまったぐらいだ。Jacoが私に「おまえらすげえな」などと何事もなかったかのように声をかけてきたので、私は「あんなことしておいてどういう神経してるんだ、もうお前の顔も見たくないし、声も聞きたくない」とわめいてしまったよ。私の気はそれですぐ収まったけれど、Tonyは収まってなかった。
ステージから2週間ぐらいしてCBSから電話があり「じゃあ、あれをレコードにしようか」と言ってきたので、私は「あんなひどい演奏、死んでもリリースしないぞ」と言った。それでCBSの提案で、あの時の曲を52丁目のCBSスタジオで録りなおすことになった。
スタジオに入ったとき、TonyはJacoの方を一瞥もしなかった。Jacoはもう最初からナーヴァスになっていたね。レコーディングが進んで、例の "Dark Prince" を1テイクやったあと、3人でコントロール・ルームに入ってプレイバックを聴いた。そのときJacoが「もっとうまくできると思うなあ」と言った。その途端、Tonyが突然弾かれたように立ち上がって「ああ、もっともっとうまくやれるさ、マザーファッカー!」と叫びながらJacoの胸倉を掴んで壁に押しつけたんだ。それまでTonyが怒るのを見たことは一度もなかったけど、あれはまるで小さな火山が噴火したみたいだったね。Jacoはもう「なあ、ごめんよ、悪かったよ…」としか言えない状態だったよ。Tonyはひとを殴ったりすることはなかったけど、いちど怒ると誰も止められなかった。そのあとTonyはスタジオに入っていき、自分のドラムセットを破壊して、家に帰ってしまった。そういうことだったんだよ。

(原文:http://www.abstractlogix.com/interview_view.php?idno=23

 なるほど、TonyがJacoの胸倉掴んだというのはライブが終わったあとの録りなおしの時だったんですね。
 しかし今回、この3人の中で唯一の生き残りとなってしまったJohn McLaughlinの決断で、すべての記録があるがままの状態で公式リリースされたというのはファンにとっては嬉しいことです。「本当の」ライヴ音源も、噛み合ってないことによって逆に緊張感が増しているところもあり、まさに綱渡りのスリルにも似た興奮を覚えます。この3人のファンならやはり必携のCDでしょう。

 ところで、実は例の山口県光市母子殺害事件の差し戻し控訴審についてもいろいろと書こうと思っていたのですが、突っ込みどころがあまりにも多すぎてうんざりしてしまい、書く気が失せてしまいました。とりあえずあの安田好弘をはじめとする愉快なキチガイ弁護団、そのお仲間で「私なら、世間に“性暴力ストーリー”と受け取らせず、"母胎回帰ストーリー" と示せた」などと口走っている日本福祉大学の加藤幸雄、「私は犯罪被害者より加害者のほうが辛いと思う。被害者の苦痛なんて交通事故のように一瞬だ」と著書に書き、本村洋氏にもTV番組で暴言を吐いたことのある明治大学の菊田幸一、それについこないだTV番組で少年犯罪被害者の遺族に暴言を吐き、しかもその根拠を求められて何も答えられず逃げた民主党の郡和子と平岡秀夫は、全員絶望的なまでに頭が悪く(刑罰の意味、意義等についてまるで理解していないし理解しようともしていない。職務怠慢であろう。本村氏のほうが百万倍わかっている)、それにそもそも弁護士とか学者とか政治家とか言う以前に人間として重大な欠陥があるとしか思えないので、一刻も早く消え去って欲しいものです。彼らは社会正義の敵であり、凶悪犯罪の発生を助長しようとしている反社会的な輩とさえ言えると思います。
 それから、本職の弁護士も含めて今回の件についての世論の盛り上がりを「感情的だ」の一言で切り捨てている者がいます。なるほど。そんなに感情的なものを排除したければ、情状酌量も一切なくせばよいのではないでしょうか。そして機械的にひとりでも殺せば死刑、などというように決めて、例外を認めず粛々と適用すればいいのです。それが彼らの望む社会なのでしょう。僕は嫌ですけど。
 この事件、図らずも日本の司法の根幹を揺るがす大きなターニング・ポイントとなりつつあるような気がします。

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久々に散財
fdea68b0.jpg NY滞在中の出来事は前回まででだいたい全てです。その次の日はもう帰国で、JFKからリアルタイムで書き込んでもいるので割愛します。
 やっぱり4泊だけでは短すぎますね。
 前回にも書いたとおり、現地の友人からも「早く駐在で来いよー」などと言われているのですが、その可能性は正直言って小さいです。そういう意味ではむしろロンドンのほうが可能性が高いかな。実際、上司からは「ロンドンの長期出張があるかも知れない」と言われています。
 まあ、ロンドンも面白い町だし、Ronnie Scott'sという歴史あるジャズ・クラブ(Rahsaan Roland KirkStan GetzBuddy RichWes MontgomeryBill EvansElvin Jonesなどといったジャズ・ミュージシャンに加え、Jimi HendrixEric ClaptonThe WhoJack Bruceなどといったロックやブルースのミュージシャンも演奏してきたクラブ)もあるから、結構楽しめるかな。

 今日は天気がよく、HMVがポイント3倍セールをやっていたこともあり(笑)外出して渋谷へ。HMVとタワーレコードを回り、久々にCDやDVDを大量に買い込みました。
 そんなわけで、HMVで買ってきたWeather ReportのDVD『Live at Montreux 1976』を見ています。この映像、何年か前にWOWOWで放映されたときに自分で録画して持っており、また最近いちど(公式盤ではなかったけど)DVD化されたときにも買っていたのですが、今回はMontreux Jazz Festivalの親玉であるClaude Nobsの名前もしっかりクレジットされており、間違いなくオフィシャルのリリースなので改めて買ったのです。当時バンドに加入したばかりだったJaco Pastoriusが初々しいながらも素晴らしいプレイを見せます。あり得ないようなフィンガリングが随所に見られ、全ベーシスト必見です。個人的には、Alex Acuna (drums)とManolo Badrena (percussion)のデュオでのソロ・パートの終盤、爆走するふたりのプレイをJacoがものすごく嬉しそうな顔でノリノリで聴いていたのが微笑ましかったですね。それにしてもJoe ZawinulWayne Shorterのふたり、ほんとこの当時から外見がほとんど変わってないな(笑)。
 ちなみに、このDVDのジャケットは僕の友人でもある齋藤譲一さんがデザインしたものです。皆さん、ぜひ手に取ってごらんください。

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ニューヨーク滞在日記のつづきのつづき
0593fca0.JPG6月12日(火)

 前日から一転、8時から東京とテレコンをしなければならないので朝6時半に起床。のんびり朝食を取っている時間はないので、ルームサービスでコーヒーのポットだけ頼むが30分過ぎても来ない。時間がなくなってきたので、ふたたび電話をかけて断ろうとすると「申し訳ない、お金は取らないからとりあえず持っていかせてほしい」という。3分後、ポットが来る。やればできるじゃん。でも結局コーヒーは一杯しか飲めず。
 歩いてオフィスへ。前夜ごちそうになったヘッドとその上司である部門長とともに会議室に入り、東京の僕の上司とテレコン。こちらも朝早くて大変だが、東京も(前日の)夜9時なのでやっぱり大変だ。
 その後は現地スタッフとミーティングの連続。ランチはビル内にあるシーフードのレストランに皆で連れ立って行く。僕はマンハッタン・クラムチャウダーとシーフードのエンジェルヘアパスタを食べる。途中、ちょっと疲れが出たのか英語がうまく出てこなくなる。
 気を取り直してふたたびミーティング。合計で10人以上と会う。
 ちょうど最後のミーティングが終わったところで定時となり、出張の全スケジュールが終了。みんなに挨拶してホテルに戻る。
 スーツはそのままで香水をひと吹きしてホテルを出る。ところが数歩も行かないところで大粒の雨が落ちてくる。あわててホテルに戻り、客室備え付けの傘を持ってふたたび外出。
 地下鉄の駅に向かって歩いていると雨足がみるみる強まり、あっという間にとんでもない豪雨となる。しまった、タクシーを使えばよかったと思うがもう遅い。駅に着く頃にはパンツの裾はびっしょりと濡れ、靴の中まで水が入ってしまっている。僕は晴れ男のはずなのにいったいどうしたことか。
 今さら戻るのもアレなのでそのまま地下鉄に乗り、昨夜と同様Canal Streetで降りる。地上に出ると、まだ雨は降ってはいるがかなり小降りになっている。
 てくてく歩いてLittle Italyに行き、Florio's Grill & Cigar Barという店に入る。ここは名前のとおり、シガー・バーが併設されたイタリアン・レストランだ。入口を入って右手にはバー・カウンターがあり、左手には木のテーブル席が並んでいる。床も木でできている。テーブル席には見るからにダメなおっさん連中が陣取り、TVを見ながらゆるゆると葉巻をふかしている。場末感満点である。
 少し奥の、一段高くなったエリアにあるテーブル席に通される。こちらはいちおうテーブルクロスがかかっている。背後の一番奥の席にはローティーンと思われる息子2人を連れたイタリア系のおっさんが食事をしている。脇のテーブルには線の細い白人の若い男性がひとり。地元民という感じではなく、ヨーロッパあたりから来た旅行者に見える。メニューを見て、赤ワインとボンゴレ・パスタを注文する。
 ふと気づくとそのエリアでは誰も煙草を吸っていない。本当にこの席で煙草を吸っていいのか、とワインを持ってきた店員に念を押してから煙草を取り出し、ワインを楽しみながら一服。どうやら禁煙席はさらに脇の廊下を進んだ奥にあるらしい。
 やがてボンゴレが来る。量は思ったほど多くはないが、ちゃんと殻から手で剥いたとおぼしきアサリがたっぷり入っている。ニンニクはスライスとかみじん切りなどといった軟弱なものではなく、粒ごとである。それがいくつもゴロゴロしている。したがって、見かけはまったく洗練されていないのだが、味のほうは野性的で結構うまかった。
 ボンゴレを食べ終わり、店員に葉巻のメニューをくれというと、メニューはないという。初心者だから何かいいのを見繕ってくれと言うと、別の店員を呼んできて選んでくれた。吸い口をカットし、火をつけてもらう。うまい。ワインで時おり舌を湿らせつつ紫煙を楽しむ。
 いつの間にか背後の席には顔なじみらしい若い男が陣取り、テーブルいっぱいにナイフを並べ「これはどこそこのだれそれという人の作品で」などと言っている。どうやらナイフを売っているらしい。その道にはまったく詳しくないのでよくわからないが、もしかしたら知っている人が見ればすごいものだったのかも知れない。
 葉巻を吸い終わり、勘定を済ませて外に出る。雨はすっかり上がっている。さっきのあの雨はなんだったんだ。しくしくしく。
 地下鉄に乗ってChristopher Streetで降り、Sweet Rhythmへ行く。チョウとやあやあと握手。スーツ姿で来るのは初めてなのでからかわれる。客は少ない。Amstel Lightを飲みつつ、チョウやカウンター席の他の客と何やかやと話す。
 やがてステージが始まる。まったく知らないバンドだ。最初、ピアノトリオで1曲演奏する。はっきり言ってド下手だ。ピアノが比較的マシだが(まあ、あくまでこのメンバーの中では、という意味だが)ベースはまったくリズム感がなく、ドラムに至ってはフォームは固いわフレーズは超イモだわ変なところで変なフィルインは入れるわまったくスイングしないわで最悪である。それでも、数人のアフリカン・アメリカンの客は「イエーイ」なんて言っている。わけがわからない。2曲目からはおっさんのヴォーカルが入り、スタンダード曲ばかり演奏する。ヴォーカルもはっきり言ってダメ。リハもろくにやっていないのがバレバレで、しかも、これがいいミュージシャンならリハ不足でも何とかしてしまうものだが(逆にそれがいい緊張感を生んだりもするのだが)このバンドはもうグダグダでまるで話にならない。どう聴いても、客から金を取ってはいけないレベルである。NYの、仮にも有名なジャズクラブに出るようなバンドとは思えない。あまりに不思議なのでチョウの方を見ると、本こそ読んでいないものの、明らかにちゃんとは聴いていない。彼に小声で「なあ、このバンド、どう思う?」と聞くと、ニヤリと笑ってウィンクする。やはりそうか。ブッキングにかなり問題がありそうだ。
 演奏が終わったあと、隣にいた常連の人(NY在住だと言っていたが、ラテン系っぽい訛りがあった。生まれは他の国かも知れない)と話をする。やっぱりこのバンドはクソだ、ということで意見が一致。そのとき、あ、近くにメンバーがいるかも、と気づき(出演者は演奏後よくカウンターのあたりにたむろしている)人差し指を立てて辺りをうかがい「シーッ」と言うと、彼は「そんなの気にする必要ないさ。ここはニューヨークなんだから」ときっぱり言う。深く納得する。
 結局Amstel Lightを3本飲む。勘定を済ませてから、またチョウがビールをおごってくれる。ありがたくいただく。「いつNYに移住するんだ?」などと聞かれ「いや、こっち住みたいんだけどさ…」と言うと、チョウと常連(前述の人とは別人)が同時に「ボスに頼め!」と叫んで爆笑となる。
 いい気分になって「またなー」と店を出る。地下鉄に乗ってホテルに帰り、煙草を1本吸ってから部屋に戻る。シャワーを浴び、TVを見ながらミニバーのビールを1本飲んでから就寝。

 写真はNational Puerto Rican Day Paradeの別アングルからのもの。

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ニューヨーク滞在日記のつづき
82fe019e.JPG 滞在中の記録が途中でちょん切れたままなので、記憶をたどりつつ続きを書き記してみます。

6月11日(月)

 午前8時起床。今日は仕事だけど、10時までにオフィスに行けばいいので、ルームサービスでAmerican Breakfastを取り、のんびりとTVのニュースを見ながら食べる。
 頃合を見てシャワーを浴び、スーツに着替え、ホテルのエントランス脇で煙草を一本吸ってから(笑)てくてく歩いてオフィスへ。10分ほどで到着。
 午前中は現地社員とのミーティング2本。午後は1時半から某社訪問なのでそのままタクシーに飛び乗る。いったんSOHOで降り、昼食を取るためDEAN & DELUCAの本店へ。この店、数年前に日本に進出してきたけど、僕はその前から知っていて、NYに来るとたいがい一度は寄っていたのだった。スパイシーなチキンや野菜を巻いたエスニック風味のロール(名前忘れた)とガスパッチョを買い、カウンターで外を眺めながら食べる。食べ終わってからもう一度レジに並んでアイスコーヒーを買い、外に出て煙草を一本吸ってから(笑)タクシーに乗ってUnion Squareの近くにある某社へ。洒落たレストランやインテリア・ショップ等が並び、いわゆる「ビジネス」の匂いはあまりしないエリアだ。入口が分からずしばらくうろうろ。ようやく入口を見つけて中に入り、1時間ほどミーティング。
 それからまたタクシーに飛び乗ってオフィスに戻り、各国のえらい人が出席するミーティングで短いプレゼンをする。その後もうひとつミーティングをする予定だったけれど、急遽スケジュールの変更がありこれは中止に。
 定時となり、現地カウンターパート部署のヘッド(日本人)に連れられてWall Streetそばの日本料理屋へ。ありがたくご馳走になる。
 8時半ごろ、会社の車に同乗させてもらってホテルに戻る。でもやっぱりまだ物足りなくて(笑)スーツのままふたたび外出。地下鉄でCanal Streetへ。そこから少し歩いたところにあるCirca Tabacというシガー・バーに行く。月曜日のせいか客は数えるほど。内装等から客層はかなり若めと思われ、あるいは週末には相当に盛り上がるのかも知れない。カウンターに座り、アイラ・モルトのCAOL ILA(カリラ)12年をオンザロックでもらう。それから、人懐っこい店員のあんちゃんに適当に見繕ってもらって葉巻を1本購入。マッチで火をつけ、のんびりとモルトを舐めながら葉巻をふかす。みるみる緊張がほぐれていくのがわかる。
 ほどよいところで切り上げ、ふたたび地下鉄に乗ってホテルへ。煙草を一本吸ってから(笑)部屋に戻り、シャワーを浴びて寝る。

 写真はホテルの部屋から撮った自由の女神像です。でもここ、実はいまだに実際に行ったことがありません。もう10回はNYを訪れているのに。いわゆる「観光」ってあんまり興味がないんですよね。それよりはあちこちの通りを行き当たりばったりにふらふらする方が楽しい。

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誕生日、そして狂乱のNational Puerto Rican Day Parade
50874ee7.JPG 今日は僕の誕生日です。とうとう40の大台に乗りました。昔から俗に「不惑」などと言いますが、あいかわらず惑いっぱなしで40歳になったという実感がまったくありません。精神年齢は21歳あたりで止まってるような気がします。困ったものです。

 写真は先週の日曜日、NYは5番街でのNational Puerto Rican Day Paradeの様子。もうまわり全部プエルトリコの旗で埋め尽くされ、サルサバンドやらダンサー軍団やらドラム・コーやら今風のラテン・ポップスやらいろんなグループが切れ目なく行進していました。
 数年前、同じ5番街でゲイ・パレードを見たことがありますが、ゲイ・パレードがミッドタウンからヴィレッジに向けて南下していくのに対し、こちらは逆にミッドタウンからアップタウンに向けて北上していきました。その行進の向きがそれぞれの中心地をあらわしていて面白かったですね。

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ニューヨークで泊まったホテル
396000a8.JPG 先ほど無事にUSBケーブルが見つかり、写真をPCに取り込むことができました。
 というわけでまずは泊まったホテルです。Ritz-Carlton Battery Parkというところで、夕べNHKのNY特集番組で兵頭ゆきが立っていた場所のすぐそばにあります。うちの会社のNYオフィスまでは歩いて10分ほど。
 写真で窓の向こうに見えているのはたしかエリス島(むかしアメリカの移民管理局があったところ)だったかな? 自由の女神はもうちょっと左側にあります。
 このホテル、石鹸やシャワージェル、シャンプー等のバス用品がすべてBVLGARIのもので統一されています。そのせいか、外から戻ってきて部屋のドアを開けた瞬間、よい匂いがふっと漂ってきていい気持ちになります。
 唯一、全館禁煙であることだけが個人的には残念です(笑)。煙草を吸いたくなったら建物の外に出なければなりません。なんでも、USとCanadaにあるRitz-Carlton系列のホテルは現在すべてsmoke-freeになっているのだそうです。BVLGARIの香りと煙草の香りが混じったらさぞ官能的なものになるだろうに。しくしくしく。

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USBケーブルがないよう
 Nikon D50のUSBケーブルを探しているんだけどなぜか見当たりません。引っ越しのどさくさにどっかに紛れてしまったのかなあ。PC用のとかEdirol R-09用のやつはあるのにカメラ用のだけがない。これじゃ写真が取り出せないっす。
 明日にでも開けてないダンボール箱(←まだあるのかよ)ごそごそやってみるか…。

 なんか今NHKでNY特集やってて、ついこないだまでいた街のあちこちを映しています。ううう。住みたいなあ。
無事帰国
 定刻から30分遅れでJFKを離陸し、日本時間の本日午後4時過ぎに無事、雨の成田に着陸。喫煙所で一服してから(笑)送迎の車に乗り、首都高の渋滞に巻き込まれながらも午後7時過ぎに帰宅しました。
 しかしやっぱり日本は湿度が高いですね。ニューヨークでも一度雨が降ったけど(それもかなりの豪雨)空気はじめじめしてなかったから。まあ、そのおかげで上空から見ると日本はアメリカよりずっと緑が濃いんですけどね。

 明日は普通に会社に行かなきゃいけないから、今日は早めに寝ようっと。