書こうかどうしようか迷ったが、やっぱり少し書いておくことにする。
2001年9月11日当時、僕はアメリカに本社のある外資系企業に勤めていた。本社はマンハッタンではなかったがその近くであり、それにマンハッタンにも大きなオフィスがあったり多くの顧客があったりしたので、一夜明けた翌日、面識のあった本社の同僚に片っ端からメールを打ちまくったのを覚えている。幸い、僕の直接の友人・知人たちは全員無事だったのだが、しかし本社勤務のアメリカ人の同僚が2名(その家族を入れると3名)命を落とした。ひとりは仕事で世界貿易センタービルにおり、あの崩壊に巻き込まれて亡くなった。もうひとりは女性で、休暇だったのだろうか、5歳くらいの自分の子供とアメリカン航空77便に乗っており、ペンタゴンに突っ込んでその生涯を閉じた。事件後しばらくは、東京のオフィスでも「テロの標的になるのではないか」とかなりピリピリした空気が流れていたように記憶している。
また、いま勤めている会社も実は9.11と無関係ではない。ニューヨーク・オフィスが入っているビルは世界貿易センタービルとは大きな通りひとつ隔てただけという至近距離にあり、あの崩壊で外壁に損傷を受けたと聞いている。昨年出張したときに実際に見たが、窓から外を見るとすぐ眼下にグラウンド・ゼロが広がっているという位置なのだ。しかも、子会社のオフィスが世界貿易センタービルにあり、2名の社員が亡くなっている。
あれからまる7年が経った。あの事件を境に、世界の成り立ちは決定的に変わった。いや、それまでは表舞台に出て来ていなかったまったく別の価値観が、大きく前面に出てきただけなのかも知れない。あのテロリストたちは決してあの日突然ぽっと出てきたわけではないのだ。そして世界はその後、少しでも良くなったのだろうか。そもそも「良くなる」とはどういうことなのだろうか。万人にとって「良い」あるいは「善い」と認識されうるものなどあるのだろうか。
いま、人類に必要なのは「哲学」なのだろうと思う。宗教ではない。宗教は決して人類を幸せにはしない。9.11だって結局はその問題に突き当たる。どの宗教がいいとか悪いとかいう問題ではない。どの宗教も多かれ少なかれ争いや略奪や殺戮を生み出してきた。
人類はそろそろ宗教を「卒業」すべき段階に来たのではないだろうか。そして、一刻も早く宗教に代わる哲学を確立しなければならないのではないかと真剣に思う。盲目的に何かを「信じる」とか何かに「縋る」のではなく、自分たちで理性的に考えて哲学を作り出さなければいけないと思うのだ。難しいとは思うけれど。
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